「Pillowing―アイドルで在り続けるための理由―」SS
――――ふふ、今夜はどうしましょうか。
――――僕は何をすれば、宜しいでしょうか?
今夜も営業という名の、自らの身体を売る行為に勤しむ。
アイドルである僕らのステージは、収録スタジオでもライブ会場でもない。
都心にある高級ホテルの一室。
人間の性欲だけが蔓延る、この狭くて薄暗い部屋の中だ。
「っはぁ、は、っんん……」
本来であれば、大仰な嬌声を漏らす必要はない。
しかしベッドから見えない場所で待機しているマネージャーに、情事の音や声が聞こえるよう、わざと激しいセックスを演じた。
「っふ、ん……も、だめ、出る……」
ほとんど面識もないような他人への性的奉仕は、クライアントが達するか、僕が吐精をすることで終わりを告げる。
(あー……もったいない)
手に零れ出た精液を見て、思ったことはそれだけ。
意識を失ってしまったクライアントをそのままに、ベッドから離れる。
間仕切りのようになっている壁の奥に置かれたソファの後ろで、床にしゃがみ込んでいる彼女のもとへ近付くと、そっと後ろから抱き寄せた。
「……そんなことしても無駄なのに」
密事の音を聞かないように、両手で耳を塞いていたらしい。
だって、と小さく抗議する彼女は、薄暗い部屋の中でもハッキリと分かるくらい頬が染まっていた。
「終わったよ、帰ろっか」
――――僕のうちで、シてあげるから、ね?
濡れてるんでしょ?と意地悪く囁き、彼女のスカートの中に手を這わせて…
笑った。
以前。
僕が毎回のように営業先へ同行してほしいと言うため、どうして、という疑問をマネージャーが口にしたことがある。
――――まぁ、確かにミツリやツヅミは営業のときに、君がいるのを嫌がるよね。
――――でも僕は、見ていて欲しいんだ。君に、ね。
だって見られてる方が性的に興奮するでしょう? と冗談混じりで答えた。
でも本音は違う。
僕はね、知ってるんだよ。
僕が身を売るような行為を重ねる度、君が罪悪感を詰んでいくことに。
君の良心がギシギシと音を立てながら、君を苛んでいくことに。
そうして、澱んでゆく。
僕と同じように、暗く、濁ってゆく。
クライアントという名の、興味の微塵もない他人と身体を重ねた日は、必ず彼女を抱いた。僕の行為を見て、中途半端に高まった熱を慰めると称して。
(ああ、最高に気持ちいい……)
何度も何度も中に精を吐き出した頃には、彼女はすでに意識を失いスヤスヤと寝息を立てて、眠っていた。
「少しやりすぎたかな……? まぁ謝らないけどね」
セックスは何も感じない。
ただの作業でしかないのに、彼女とするそれだけは全く違う意味をもっていた。心も身体も満たされて……不思議な充足感が得られる。
ブーッ、ブーッ……
枕元に放り出したスマートフォンが音を立てる。
急に引き戻された現実に、幸せな気分は台無しになった。このまま鳴り続けても困るので、渋々、手を伸ばす。
「……」
送り主はクライアント、という時点でより一層殺意が沸いたものの、受信したメールを開いて、思わず顔が綻んだ。眠る彼女が愛しくて、ちゅっ、と軽く頬に口付ける。
「ふふ、楽しみだなぁ」
――――ねえ、僕の大事な大事な奥さん
End.
written by 義ヰ(Duosides)
気付けば1作目を出してからあっと言う間に1年が経ちました。ようやく3キャラ目です。本編はテーマ通り「枕営業」らしいシナリオになってるかなと思います。続報お待ち頂ければ幸いです!