「XXXPrince~Briar Rose」SS
「……眠そうだね」
傍らに座る彼女の顔を覗き込むと、彼女はハッとしたように目を見開いて睡魔を誤魔化すように瞼を擦った。
「そんなに擦ったらダメだよ……」
彼女の手首を軽く掴んで、瞼にちゅっと口づける。
くすぐったそうに身を捩る彼女が愛らしい。
「そろそろ休もうか。今日も忙しかったからね」
彼女が目を覚ましてからの日々は目まぐるしい。
単調だった百年と比べると、とんでもなく早く時間が流れていくようで、気持ちが追いつかないこともあった。
彼女と共に寝台に横になる。
それから彼女の両頬を手で挟んで、吐息が触れ合う距離で囁く。
「……おやすみ」
彼女の唇に軽く口づける。
おやすみなさい、と彼女の唇が動いて吐息が唇にかかる。その温もりが心地よくて、触れていた部分が甘く疼いて――。
気付けば、彼女の唇を割って深い口づけを交わしていた。
……ああ、またやってしまったと自己嫌悪に陥る。
「……ごめん、おやすみって言ったのに。これじゃ眠れないよね」
苦笑を浮かべると、彼女が困ったように微笑んだ。
呆れられても無理はない。
何しろ、僕が何もせず彼女を眠らせたことなど一度もないのだから。彼女が呪いで眠っていた間、毎日のように彼女を抱いた。昼も夜も関係なく、ただ彼女を求めた。
そのせいで習慣になってしまったのだろうかとも思ったが、最近別の理由があることに気がついた。
――夜が、怖いのだ。
隣に彼女がいても、呼吸を確認できても、彼女の瞼がピタリと閉じていると堪らなく不安になる。
このまま、目を覚まさないのではないか。
また彼女は、深い眠りについてしまうのではないか。
そう考えるだけで生きた心地がしなくなって、眠らないでと祈るように唇を貪った。そうすると、彼女はゆっくりと瞼を開いて、仕方ないですねと言いつつも応えてくれる。それをいいことに僕は明け方まで彼女を寝かせないこともあった。
彼女を苦しめていた呪いは解けたというのに、僕の心は未だに恐怖に囚われている。
濡れた彼女の唇を指でそうっと撫でる。
ビクリ、と彼女の身体が震えて、微かに漏れた甘い声に、目を細めた。
「眠るのはもう少しだけ待って……。ね?」
熱に浮かされた彼女の瞳に僕の姿が映る。
艶めいた声が僕の名を呼ぶ。
たったそれだけのことで、僕の中の恐怖が薄れていく――。
End.
written by 千崎郁未